***日本JCじゃがいもクラブの歴史**

日本JCじゃがいもクラブ
名誉顧問村 山 好 弘

 日本JCじゃがいもクラブも年輪を重ねて第50回大会をむかえることができました。これを機に日本JCじゃがいもクラブの歴史を、初代黒川光朝会長・二代三輪善兵衛会長、三代堀越善雄会長の残された資料をもとに、日本JCじゃがいもクラブの役員はもとより全国の会員に伝えておきたいと思います。
 先づ何となくユーモラスで親しみのもてる「じゃがいもクラブ」「JagaimoClub=JC」
の名前の由来であります。
 これについては、初代黒川光朝会長が、東京JCの30周年の記念誌に、次のような文章を寄せられています。
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                 じゃがいもクラブの出来た頃
                                    初代会長 黒 川 光 朝
 東京JCじゃがいもクラブの30周年に際して何か書けとのことで筆を取ったが、最初の頃のことはあまりよく憶えていない。たしかゴルフ好きの連中がたまには一緒にプレーをしようとしたのが切っ掛けである。それは連日連夜のJCの創生期の会議やら打合せやら一杯飲むばかりでなく、外の空気を吸って、大いに発散しようとしたに他ならない。それが徐々に人も多くなり、名前も、芋掘りゴルフが多かったので、JCにもじって、じゃがいもクラブとしたわけである。その中に、JC活動は何もやらなくてただゴルフをするだけの会員が出て来た。そこで本末転倒をしてはこのクラブの意味のないことを大いに強調し、ゴルフだけの会員を逆にゴルフによって出来た友情を利用して、会の任務を押しつけたこともあった。もう一つはゴルフのマナーのことで、何処に出ても恥ずかしくないゴルファーになってもらうように、随分やかましく云った。流石にJCの連中はマナー、エチケット、ルールすべてに満点だと云われるように、ゴルフ道の先輩として注意したことも思いでの一つである。
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 次は「じゃがいもクラブ」はいつ発足したかということです。これについては、三代堀越会長が全国の各地会員会議所理事長あてに出された文章に次の如く記されています。
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                                    三代会長 堀 越 善 雄
 じゃがいもクラブの発足は、1954年(昭和29年)JCの有志約15名が集って最初の懇親競技を行った時に遡ります。
        ───────── (中略) ─────────
 じゃがいもクラブの創生期である1954年(昭和29年)から1957年(昭和32年)までの4 間に春秋2回(1954年は1回)計7回の競技会が催されましたが、当時は現在のように組織的ではなかったため、確たる記録が保存されておらず、口の悪い役員から“じゃがいもクラブ神代の時代”などと云われているのはまことに残念に思います。
 1958年(昭和33年)以降は殿村名誉書記の努力により正確な資料が整理保存されるようになり、現在は松村名誉書記に引継がれております。
 創生期の頃は、諸先輩から聞いたところによりますと、すでに発足していた東京JCのじゃがいもクラブのメンバーが、大阪・名古屋などいくつかのJCに呼び掛けて発足、これを機に7回開催されたわけですが、全国のJCに組織的に呼び掛けたものではありませんでした。
 1958年(昭和33年)にじゃがいもクラブは社団法人日本青年会議所の始めての分科団体として公認されました。これを機に当時の黒川光朝会長と池田徳五郎キャプテンの連名で各地会員会議所の理事長あてに昭和33年2月24日付けで出された文章があります。
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            貴JCじゃがいも(ゴルフ)クラブ結成及び
            日本JCじゃがいもクラブ入会懇請の件
                                       会 長 黒 川 光 朝
                                   キャプテン 池 田 徳五郎
 従来より日本JC内ゴルフ愛好者が日本JCじゃがいもクラブを結成して、時々懇親試合を行っていましたが、此度日本JCに於て、“分科団体活動に関する規定”が設けられ我がJCじゃがいもクラブが(日本JC 公認団体として)登録されることに決定しましたので、貴JCに於てもゴルフ愛好者で早急に貴JCじゃがいもクラブを結成して戴き(1人でも結構です)、JCじゃがいもクラブに御入会賜り度く、別紙入会申込書に記入のうえ、3月10日迄日本青年会議所事務局内日本JCじゃがいもクラブに御申込下さるよう御願い申上げます。
 当倶楽部はJCメンバーが50,60才になっても一堂に集ってゴルフを通じてJCを語る楽しい場に致したいと思っております。
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 ところで、日本JCじゃがいもクラブの創立はいつにしたらよいかということになります。
この件については、1994年度の役員会で討議をし諸先輩の意見も伺った結果1958年創立ということになり1995年度の総会に報告し了承され正式に決定されました。これは、1958年に分科団体に公認されたこと、全国に正式に呼び掛けたこと、この年から記録があることなどを考慮したものであります。但し、1回〜7回までの大会は創生期に行われた大会として認め現在の大会の回数は変更しないことに致しました。従って、全国大会は巻末の記録にあるように今回が50回大会ですが、じゃがいもクラブが始まったのは1954年、創立は1958年ですから今年は創立43周年ということになります。ちなみに名古屋JC じゃがいもクラブ30周年誌によると1958年が第1回全日本選手権大会であるとの当時の記録が残っています。
 1962年に二代会長として三輪善兵衛会長が就任され1972年に三代会長として堀越善雄会長がされました。堀越会長は三輪会長から引き継がれたときの三輪会長の残された素晴らしい言葉として、各地会員会議所の理事長に次の文章を披露しておられます。
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                                   二代会長 三 輪 善 兵 衛
「ジェーシージー(JCG)つまりJCゴルフクラブを省略するとこうなる。だが、今日ほどJCが社会的に認められなかった発足間もない頃には、やれ坊チャンクラブだ、坊やのサロンなどと、ほんの一部ではあったがそのようなカゲ口も聞かされた時代だけに、堂々とJCの下にゴルフクラブとつけるには遠慮があった。
 そこで、たしか黒川光朝君(前会長)の提唱で、何だか分からない名前と語呂合せにしようではないかという訳で“じゃがいもクラブ”が東京に生れた。勿論難しい綱領や定款もある訳でなく、同好者が集って楽しく、また新入りが入って気が張らないものにしよう、ただ次の2つのことは後世に伝えようではないか、と云って話し合ったことが、いまだに全国のじゃがいもクラブのバックボーンになっているようである。つまり、じゃがいもクラブとは云ってもJCの名前を冠する以上、あくまでお家の憲法である“友情と訓練”の場であることを忘れないようにしよう。それからもう一つは、いずれ40才になったらJCは追い出されることになるが、それでもここだけは現役とOB のかけ橋として残そうではないか、ということである。
 1969年名古屋で全国の選手権大会が行われるに当って、私が参加選手諸君に送ったメッセージを見ていただくと『今日まで当クラブが果してきた功績は大きい。つまり現役とOBがここでは一体となって友情を更に深めた。また、ここではお互に見て見ぬ振りをすることを許さない。何でもお互に注意し合うことを特長とする。このため、無意識のうちにプレーの遅かった人、バンカー内でバックスイングの際クラブのソールが砂にふれて上る人、タバコをコースに投げ捨てていた人達が注意されて、その後恥をかかなくなった。「ゴルフとは礼儀作法のスポーツなり」を実践する「訓練」の場であるという考え方が当クラブの哲学である。競技当日はプレー、パーティーを通じて、会員が技において、マナーにおいて、流石JCだと云われるような立派な競技ぶりを見せて頂きたい。・・・』大体その精神は伝えられているようである。堀越新会長が替って下さるに当り、私を助けて下さった日本JCじゃがいも、東京JCじゃがいもの幹部諸公ならびに会員諸君に心から感謝の意を捧げたい。」三代堀越会長は、全国的に交友の輪を広げた
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 三代堀越会長は、全国的に交友の輪を広げたいという方針から、地区大会を新らたに企画されました。以後20年間精力的に各地を訪問され又、規約・マニュアル等も整備されて今日の日本JCじゃがいもクラブの基盤の強化に努力されました。地区大会は1972年(昭和47年)堀内会長が三代会長に就任されたときゴルフ人口の急激な増加とともに日本JCじゃがいもクラブの会員も飛躍的に多くなって来たので各地域における懇親を図るということと、全国的により密度の濃いじゃがいもクラブの活動にしたいという考えから、1972年(昭和47年)より東日本地区大会、西日本地区大会を開催、1976年(昭和51年)には更に中日本地区大会を加え、全国を3地区に分けて、それぞれの地域における懇親を目的とした地区大会を行うことになり現在に至っています。ここで堀越会長が1978年1月10日に東京JC じゃがいもクラブの会長を辞任されて、日本JCじゃがいもクラブの会長に専任されることになったときに、ゴルファーの心がまえについて話されたことを是非お伝えしておきたいと思います。
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                                    三代会長 堀 越 善 雄
 私は日頃から「愛されるゴルファーでありたい」ということを口癖のように申しあげております。不景気が続きますと、世の中も兎角ギスギスした空気が支配的になりますが、少くともゴルファーとしては、マナー、エチケットに優れ、同伴者にもう一度一緒にプレーしたいと思われるような素晴しい態度と雰囲気をもっていきたいと思います。それがビジネスを含めた日常生活に反映しない訳はない筈であります。月並みでありますが、会長辞任に当り今一度皆さんに口癖を披露させて頂いて御挨拶にかえさせていただきたいと思います。
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 前三代の各会長の文章に直接ふれていただいてお解りの通り、じゃがいもクラブは素晴らしい集りであります。はからずも私は1991年に四代目会長の重責をお引き受けすることになりました。じゃがいもクラブの伝統を守るべく地区大会においてはアンダーハンディにより「プレーは楽しく、ルール・エチケットには厳しく」また、全国大会においては、「ゴルフはスポーツである」という伝統の名に恥じないようにスクラッチにより「プレーは真剣に、ルール・エチケットには厳しく」のモットーのもとに競技規則、諸マニアルの整備充実、大会助成金の増額などを実施してまいりました。会長としての6 年間、日本JC40周年記念大会を含め全国大会、地区大会17ヶ所に出席致しましたが、運が強いのか、晴れ男なのか、私が行くところだけは雨が降らず雨は八戸の大会のみで16勝1敗ですみました。
なかでも1993年には東京が大雨で赤坂見附の地下鉄が水びたし、新幹線も不通になったにもかかわらず名古屋の全国大会は晴天だったのが特に印象に残っています。
 このたび50回記念誌の発行にあたり日本JCじゃがいもクラブの歴史の一端をご紹介出来たことは大きな喜びであると共に、これからも先輩、役員、会員各位のご協力を切にお願い申し上げる次第です。
                              (1996年「50回大会記念誌」から)